楽曲「うっせぇわ」:考えたこと

 歌詞も印象的、見かけた図解の要約(※)なども印象的だったので、自分が感じたこと・考えたことを書く。

 

要旨

 暗黙のルール・マナー、それらを押し付ける・無思慮に追従する凡庸な人間はムカつくし、うるさい。

 

歌の感想:聞き手への影響の可能性

 若く才能が前面に出ている。ロックやラップよりは静かな反体制のメッセージ。作曲者は今後、世代を緩く結束させる力があったり、若者が社会の力を及ぼすうえで貴重なメッセンジャーになったりするのかもしれない。

 うるさい大人に対しては言葉より音楽の「うっせぇわ」のほうが、効果があろう。言いづらいことを言っており、書き手と聞き手が封殺されていないことが前提だが、大胆さにも才能がある。

 聞き手は、大人をこき下ろしてもよいことに新たに気づくだけでも価値はあるし、従うことが苦痛なものは避ければよいと背中を押してもらう者もいるだろう。

 中には、曲中に「自分も大概だけど」とあることを気にしない、無反省に自我を突き通す聞き手もいるだろう。この歌を歌う人たちの間にもまた、暗黙のルール・マナーが存在して、多数派に受け入れられないこともあり得る。しかしそれも才能、環境、運否天賦であまり気にせずに済んだりもする。

 

うるさくない状態をいかに達成するか

 仮にある人にとって、十分にうるさくない世の中を仮定する。以下のような状況下であれば、うるさくないかもしれない。

  1. ルール・マナーが存在するならば、信条に基づいて採択の可否について、暗黙ではなく明示的に求められる。
  2. ルール・マナーは存在しない。
  3. 押し付ける・追従することをサボタージュする。
  4. 言葉の銃を撃つ、才能を見せつけるなどして、黙らせる。
  5. ルール・マナーを自分に都合の良いよう作り変える・読み替える。

 1.と 2.は、その混在状態である(ルール・マナーはそれぞれ、明示的に存在するか、なくなる)としても、考えがたい。どこまでも明示的なルールに帰着される過度な秩序も、野蛮な無秩序もありえない。

 主張に賛同する者の多くにとって現実路線なのが、3.だろう。ムカつくことに余計な体力を消費したくない。

 4.は、芸術・スポーツ・学問の分野が例示できる。実際には有名人の外野はうるさくて、信念を持ち、結果を出している人間について、妬みから愚かにも後ろ指を指してしまう人間がいる。そこで振りかざされるのはやはり暗黙のルール・マナーである。

 

歌が表明する闘争的姿勢について

 歌から解釈ができる暗黙のルール・マナーに対する態度は、(暗黙のルール・マナーの漠然とした否定から仮想の状態としての1.や2.も含むとして)4.までかもしれないが、言葉の銃の射程が長ければ、5.のように、行動を介して規範に働きかけるのと同様の強い社会への要請になるのかもしれない。 

 しかし言葉の銃を「頭に突きつける」比喩からして、特定の相手を黙らせるところまでが歌の主張であろうかと思う。この特定の相手に行動変容は望まれない。あくまでも敵対する者との闘争することを歌は表明している。

 歌い手と聞き手は、秩序への指向性のない場所へ、弱い立場で生きている。

 

 ※ 参考