散歩メモ20200524

 ここ数週間、あるクイズ団体の動画を毎晩観た。彼らの知っていることへの純粋な敬意、知っていることの多様性に好感を持った。いろいろな話題へ飛んで、笑いに満ちている雰囲気がなにか、懐かしいような感じがした。

 彼らの取り組みが素晴らしく感じたのは、次のような印象を受けたからだった。つまり、知らないことは恥ではないこと、知ること自体に競争性・娯楽性があること、知恵は自分で発明できると考えがちだが・それすら知識で乗り越える場面があること、入り口に立つ知識すらなければ・立ち戻る基礎・命綱のフックもかからずに山に登ることになること、などなど。

 彼らが受験生へ向けた言葉にある、学ぶことは夢のための手段であるべきで、目標を達成したら得られることを思い描くことがスタートラインになっていて、小手先の技術でも駆使していくべきだ、などというのは、まったくその通りだと思う。

 別の学校、別の社会へ行くたびに離れてしまってきたが、専門家の専門知にだけ価値があるのではなくて、逆に学問は役に立たないのでもなくて、浅くだろうが知ること・知っていること自体にも価値があって、何番でもいいが・目指すなら一番がもっといい、ということは忘れても思い出すようにしたい。

 長い人生どこかで悲しいことがあるだろうけれど、そればかりにとらわれずに、ふたたび、知的な取り組みを面白がって、夢中になってやりたいものだ。