冬の戦役

 戦端が開いたことは本営の発表前から噂に聞いた。兵科の統合で繁忙な中寒い兵舎に戻ったら最低限の生活をして、起床しては輪番の呼集に応じた。危険手当が出ないだの言う繰言にはそこは有事の兵隊だと鼻を鳴らしたが、振り返ると真綿で首の閉まる日々、短水路の施設が閉まって一月、資料室が閉架して二月、本隊の同期と遭わずに三月が経つ。新兵がまた風邪をひけば掘り捨てた塹壕へ行き孤塁を守れ、と放言を飛ばしていたのも懐かしい。悪くなりつつある戦況は、死者の数を数えて、弾道弾が海に落ち、落下傘訓練で人死にが出る位の認識でいたものを、あれよの間にただ事ではなくなって、その掘り捨てたはずの塹壕に慌てて戦線を張ることになった。寝台も通信機も足りないと当然の大騒ぎ。平時は過大な大隊も、有事に構成員が半減すれば疲弊する。新兵たちも通信機越しの定時連絡も板についてきた……こうして同じ兵舎に戻るにも関わらず、城を挟んで割拠するのは随分滑稽だ。

 小隊が組まれて拙速な作戦が発令した。隊組織の混乱から異なる作戦群にあるべき私と古株が招集されていて、会議が進むうちに徐々に無様な破滅が眼に浮かんだ。明らかに十分な装備の換装もできていない、地形図の読み込みも終わっていない。雪山を迷わず行く徽章の持ち主を尻目に、自分には荷が重すぎる。白旗は有効だと上官は言うが、降伏が成立したとき、鉛弾の矢面に立つ私が無策で無事ではあり得ない。そうして二週間眠れない日々が続いた。

 結論として、私がやっと命を守る形まで立案を取り纏めた所で、軍事行動は中止した。私はこの作戦を通して本営の駒として役割を全うし、未知の戦局の異常性を参謀室の盤上に見せたく思っていた。別大隊と伝令を立てていれば、村社会の大隊の・凡庸な兵卒であれど、低く見積もっても戦線の動向は掴めることも知っていた。それから、小隊が消極的行動を通して無意味に自滅・後退するのを恐れ、潰れ役であれ戦局を開く所に命令の意義を見出していた。今度の作戦中止自体についても、結果筋書きが手に入ったから悪くなかった。しかし防弾帽に星のついた男はなんと、先まで弾込めをしていた私に、そうして夜も昼もなく戦うのがよい経験になると労った! 古株の怠業に耐えて心身を張った私は彼が目的を履き違えていることを嫌った。朝令暮改、問題の矮小化といった誤魔化しに留まらず「窮乏が精神の強靭性に資する」などと資源の潤沢な者が振り返って言うsurvival biasの典型・馬鹿げた後知恵を主張している。説得・中止に持ち込んで隊を疲弊させない努力が裏にあるのを仮に私が知っていても、命令系統を濫りに乱す拙速な仕事だったなどという小言を食らってはたまらない。拙速な出来を省みるに、書面に目を通さない・口頭での報告も忘れる上官や絶対に手は動かさない固い決心の古株に煮え湯を飲まされた日々が浮かばれないが、一兵卒に言うべきことは何もない。ただ、もう一週間を最早存在しなくなった作戦の報告書のために従事していてふと、銃口を上官に向けた先の大戦の造反者の論理について思った。先まで従順だった彼らを何が戦争犯罪に駆り立てたのか? 実質撃鉄を引いたのは望みのない戦いへ駆り出した者たちなのかもしれない。総じて、銃・権力・機会に恵まれたものは、撃鉄を引きたがるのかもしれない。

 数日ほど体の疲れに耳を傾けているうち、ようやく手帳へ文字を書き入れる気力を取り戻した矢先、来週から今度は例の急造部隊へ補充兵となった。急な話だが例の上官から噂には聞いており、たぶん人員の加減算を好む防弾帽の男が気難しい砲科軍曹の意見あたりを聞いたのだろう。荷物整理のついでに後輩たちに書籍を形見分けして、この三年起居した分隊本拠地を見送りもなく後にした。