『日本の近代小説』読書メモ

日本の近代小説 (岩波新書)

日本の近代小説 (岩波新書)

 
  •  独歩の文学観の背景、短い生涯の間にも生活とともに作風の変遷があったこと、その時期ごとの代表作など、備忘したい。「文学と実生活や人生における芸術の意味に悩みながら芸術を生む理想化だが、透谷ほど短命でなく、時代が下っているだけに心情が複雑に・性格も現実的になっている」、「独歩は鋭い頭脳を持っていた。同時に又柔らかい心臓を持っていた。しかしそれ等は独歩の中に不幸にも調和を失っていた。従って彼は悲劇的だった。……彼は鋭い頭脳の為に地上を見ずにはいられないながら、やはり柔らかい心臓の為に天上を見ずにはいられなかった。……独歩は勿論おのづから詩人だった……しかも島崎藤村氏や田山花袋氏と異る詩人だった。大河に近い田山氏の詩は彼の中に求められない。彼の詩はもっと切迫している。独歩は彼の詩の一篇の通り、いつも『高峯の雲よ』と呼びかけていた……自然主義の作家たちは皆精進して歩いて行った。が、唯一人独歩だけは時に空中へ舞い上がっている。(芥川の独歩評)」「独歩は明治の社会の内面生活の空虚を、その生活に直感し、これを小説に表現した最初の詩人といえる」、第1期(明治30~33年)はワーズワースに私淑してロマン派詩人として出発し、「独歩吟」「武蔵野」「鹿狩」などを著し、第2期(明治34年~39年)は「牛肉と馬鈴薯」「富岡先生」「酒中日記」「運命論者」「巡査」「女難」「正直者」など、「時代の塵芥にまみれて生き、あるいはそこから敗者として投げ出された人々が、その心の善良さで生活に傷ついた悲しみを描いたものが多く」、第3期(明治40年~41年)の自然主義的といわれる作品、「窮死」「波の音」「号外」「竹の木戸」「二老人」にさらに顕著にその特色が現れており、「平凡人の生活の平凡な喜劇悲劇が、冷静な筆致で描写され、冷静な筆致で描写され、独歩の作品のうちで(自然主義の短編のなかでも)もっとも芸術的に完成され」ている。ただし、第3期の作品は円熟より疲労が見え、独歩の個性はそれなりに健康で思索・行動・芸術がある独自の調和をとった第2期の作品に見られる。「わが切なるこの願とは、眠より醒めんことなり。夢を振ひおとさんことなり。この不思議なる、無窮無辺なる宇宙と、此宇宙に於ける此人生とを直視せんことなり。われを此不思議なる宇宙の中に裸体のまゝ見出さんことなり。不思議を知らんことに非ず、不思議を痛感せんことなり。死の秘密を悟らんことに非ず、死の事実を驚異せんことなり。信仰を得んことに非ず、信仰なくんば片時たりとも安んずる能はざる程に、此宇宙の有のまゝの恐ろしき事実を痛感せんことなり。…わが願ひは絶えず比強き深き感情のうちにあらんことなり。(独歩「岡本の手帳」)」……内面生活における絶望的なほどに孤高の信念の現れるこの心情の吐露に胸を打たれる。
  • 近代小説のような、書物で何度も触れられる話題には、著者の中心的興味を軸に、触れられなかったものが述べられていく流れがある。論文ほどではなくとも、下手な焼き直しはそうしたレーベルでない限り行われない。本書は電子版で購入したから底本の発行年は近年だが、初版は1954年。開化期の近代小説の基礎や周辺となった戯作・戯文、政治小説から、逍遥、四迷、硯友社ときて、初期鴎外・透谷・藤村、饗庭篁村(あえばこうそん)・緑雨・一葉、観念小説から社会小説、独歩、花袋・藤村・岩野泡鳴・秋声、耽美派、鴎外、漱石白樺派、主知派と生活派、と、芥川の自殺までで章を進める。
  • 観念小説から社会小説までの、明治28~38年、日清戦争終戦日露戦争終戦の時期にその後展開されない萎んだ短命な文学運動について、近代国家の害に目が向くようになった歴史的背景を加味して、なぜ当時の文壇で評価されたかの理由を説明しているのが、新鮮に感じた。
  • 共通点、相違点を挟んで次の人物へ流麗に紹介をしてゆくところが特徴に感じた。
  • 太宰治を、「すぐれた資質を持つ不幸な小作家」のひとりに数え上げているのに思わず声が出た。太宰は死んだことで評価を高めて、そのまま不動のものにしたんじゃないかと思った。