『コケはなぜに美しい』感想

  知られざるコケの美しさを紹介すべく、本書は執筆されている。みずみずしく美しく、文化的にも、わび・さびに代表される日本の美意識にコケは深く関連している。生える環境によってコケの生き方も変わる。その姿を、都市、庭園、農村、里山、深山、高山、水辺というそれぞれの環境ごとに紹介していく。

コケはなぜに美しい (NHK出版新書)

コケはなぜに美しい (NHK出版新書)

  • 作者:大石 善隆
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2019/06/11
  • メディア: 新書
 

 悠久の時を想起させる存在としてコケは見られてきたというが、私もまた本書の写真や、たまに群生するコケを見るにつけ、同感に思うところがある。力の及ばない畏怖すべきものを山に見る山岳信仰の歴史が世界各国にあるが、山を恐れない者にとっても、深山でコケの生え揃うような場所は、雑踏に生きる人が日ごろ味わうことのない静けさがある。物音を立てるのは遠い川音ばかりで、あたり一面、長きにわたって人の手が入っておらず、人を寄せ付けずに来た場所であることに気づくとき、確かに心許ないような気持ちに襲われる。深山の章は、そうした屋久島や台湾の雲霧林の圧倒される風景を紹介している。

 また、庭園の章では、万葉集にはコケのじゅうたんの美しさを歌ったものがあるのを著者は紹介している。庭園の章ではよく生え揃ったコケが庭園を美しく見えるさまを、著者自身が撮影した京都の有名なコケ庭の写真によって示している。中世に美意識が成熟する中で、コケが庭に取り居られるようになった経緯が歴史上あったことは、今の自分から見て当時の人たちは独特な発想をするものだと思えて、それでは中世の人々いかなる生活・時代だったのだろうかと気になった。

 このように美しいものとしてのコケを、文章と豊富な写真で紹介する本書であるが、そのコケに対する眼差しとして、もちろんコケ生物学者としての科学的なものも紹介している。高山の章では、越境大気汚染の、高山における影響を計測するために、地上に設置する大掛かりな観測装置の代わりに、高山に生えるコケが取り込んだ空気中の物質を分析する、という研究をひらめきをきっかけに行ったことも紹介されている。行われた後の今では大気汚染調査手法の一つとなっているのかもしれないが、いざ問題意識があって初めて、コケで調べようなどとは、その道のプロにしか思いつかないことだと思われた。ほかにも、コケのじゅうたんが細かい構造をしているために音を吸収するので、事実静かになる著者という。コケをただ美しいもの、生きものとして見るばかりではない、さらに異なる角度で見ることができることも示していると感じた。

 終章で触れられるコケが直面する重大な環境問題についても心に留めるべきであるが、以上のようなコケのつくり出す風景の美しさに加え、環境により代表的な種とその魅力を紹介するのがやはり本書の主眼で、それだけでなく、コケを五感で味わったり(味わう章)、地蔵や狛犬がコケで覆われた風景を探しては写真に収めるなど、ユーモラスな記述も幕間になって、興味深く楽しい1冊だ。