『日本近代文学入門』感想

 

日本近代文学入門-12人の文豪と名作の真実 (中公新書)

日本近代文学入門-12人の文豪と名作の真実 (中公新書)

 

  近代文学史の普通の体裁を取らず、共通点・相違点、関係性に主に着目し、2人×6章の構成を取る。それによって人間的な側面を浮き彫りにすることを狙っていることが冒頭に述べられている。明治時代の出版物や写真を図で豊富に掲載されていてイメージが持ちやすく、学説の根拠にあたる手紙などに第一線の研究の成果を見ることが出来る。

 まず三遊亭円朝はその文学史上の位置づけはともかく、人となりが語られるのは珍しい気がする。父の円生が嫌がらせにネタをかぶせて来るのをきっかけに新作で名を売ったとか、怪談『真景累ヶ淵』などが身辺の噂話に材を取ったとか、そういったエピソードに円朝の過去のインタビューの抜粋などを織り交ぜてあって、真実味がある。子どもの頃、雪の中裸足で稽古へ通ったエピソード(p.11)くらいから伝説めく気がしてしまうが、これに限らず時代背景を加味して真偽を判断するのは明治くらいまでさかのぼると大変そうに想像される。

 樋口一葉半井桃水とのスキャンダル前後について詳しく述べられていて、時により師桃水や同時代の女流文士・田辺果圃に対し、一面的ならぬ感情を持っていたことがわかって、そういう側面もあるんだなと思った。文壇で活発的に交流をする前に亡くなっているので、日記から研究の進んだ人物であるようで、紙幣上で一番知らない人物のことを少し知れてよかった。田辺果圃は、華美な鹿鳴館の描写などが優れて注目され、女性作家として注目されたこと自体画期的であった人物として紹介されている。当時の知名度に対して将来からの評価は一葉に対して当然低いが、そういう作家は昭和までで何人かいて、同時代の作家が今後評価されることを鋭く指摘しているエピソードをしばしば見る気がする。翻ってノーベル文学賞の授賞理由など、深掘りしてみると文学の見かたがわかって面白そうだ。

 尾崎紅葉については、「はじめに」でいきなり触れるなど、印象的な人物として紹介されている。一派を率いて時代を作った人物だけあって凄まじいエピソードが多く語り継がれているのがわかる。エンタメ性や流行を強く意識していたので現代人はあまり読まないが、美文へのこだわりや言文一致の作品を含む文体の独自性など、作家として抜群の才能を持っていたことが肯定的に述べられている。他書で正宗白鳥も影響は受けなかったが耽読はした、というのを見かけたが、本書がさまざまなエピソードに触れるにつけ、一度は代表作を読んでみたいと感じた。

 夏目漱石は『虞美人草』について詳しく触れられている。初期の作品・前後期三部作に比べて影の薄い本作が、批評家からは厳しい目で見られており、ところが大衆には大々的に受け入れられたことが興味深い。自分がもし同時代の人間だったら、新聞がメディアの権威で、学者が大々的に文学で食っていく第1作だったとしたら、それは大流行になるだろう。三越虞美人草の意匠柄の着物を高く売るとか、お祭り商売は時代を超えて変わらないのは感心する。

 黒岩涙香については、『巌窟王』のタイトルは聞いた覚えがある。日本風の設定に替えるなどの「超訳」で推理小説や冒険物語などの翻訳小説を残したが、タイトルセンスはジャーナリストらしい日本人の頭に残るものを持っていた、という紹介が、そういう観点で作家を見る、という考えがあるのだな、と参考になった。涙香のキャッチ―さがあったために、触発されて再翻訳や同ジャンルの紹介など、追随する作家もいて、それもまた小説の歴史上価値のあることだったというのは、現代の海外文学受容におけるキーパーソンが誰か、という検討に大きな評価の軸になりそうだ。

 キーンの文学史の中で、斎藤緑雨が残した中なら警句集が一番時代を超えて読まれるだろう、というのも印象に残ったが、芥川龍之介の『侏儒の言葉』が本書では紹介されていて、触発された『悪魔の辞典』にも引けを取らない鋭い作品であるという。『侏儒の言葉』はじきにぜひ読んでみたい。