『日本文学史 近代・現代編1』感想

 

日本文学史 - 近代・現代篇一 (中公文庫)

日本文学史 - 近代・現代篇一 (中公文庫)

 

  近代・現代編は、坪内逍遥が『小説神髄』で欧州に範を取り日本の小説を美術の第一線へ押し上げたかった「西からの夜明け」が実現されるいきさつを述べたもの。1巻は、政治小説から幻想奇譚まで。

 「八世紀いらい、日本の知識人にとって、教養の中の重要な地位を占めてきた漢詩文は、余暇のみあって主張のほとんどない文人の消閑の具になってしまったのである。」という日本の漢詩文の章末の文にもあるように、明治期の漢詩復興ブームが歴史的な連続性を失った一過性のものだったことをズバッと言ってしまうところをはじめとして、全編、すでに皆に評価されているものを無批判に素晴らしいものだと言ってしまいがちな日本人にはできない批評的な態度が刺激的に感じた。多作な作家のよくなかった時期について目をつぶらずにどの作品群に対しても現在までの批評に触れ、自身が読んだ上での総合的評価を下している。文学を彩る人にも歴史ありというのがわかって、その陰影から日本文学史をより色彩豊かなものに感じることができる。

 

 キーン氏は忘れ去られたものにも光を当てて客観的な評価を与えている。例えば先の漢詩の話では大沼枕山が文学的には優れていないが日本史上得難い一時代を築いたことは確かだとか、柴四朗(東海散士)の『佳人之奇遇』を歴史的経緯、文学的価値、筋書きを紹介するとともに、歴史上に位置づけられるものだと述べて、それは東海散士が世界の虐げられた民に疎外感を感じず、国際社会には協調を、国内には民主主義を以て大国たろうとする理想主義は感動に値する、と述べている。このように、現代に読んでどうなるという本を読んでいるだけでも驚くが、かつそこまで読み込むか、と敬服する。

 二葉亭四迷が言文一致体で納得感のある人物像を描き出そうとしたことへの評価をし、ロシアの文豪の古典的名作には到底及ばないことを指摘し、かつ四迷自身がわかって筆をおいただろうことなど、代表作にも世界的な文学の水準から絶対的な評価を一貫しているのも、素晴らしい。

 樋口一葉の『たけくらべ』を世界的にも普遍性のあるものとしてほぼ全面的に絶賛しているのは本巻中では異色だと感じた。しかし巻を古代・中世編に遡ると、平安期の日記文学は今なお現代的なテーマを含んでいて傑作であると、女流文学への賛辞は全編を通したものであるようだった。

 構成や奥行きのしっかりしていない作品には手厳しいが、明らかに莫大な労力を文学史上の作品を読みこむのに費やしており、それがなせるだけの情熱の持ち主であることは疑いようがなく、先人からの評価や読まなかったことによる先入観からの贔屓なく日本文学史上の作品に展望をもたらしてくれるシリーズであると思う。