アクアスロン参加のメモ

 6月某日某所、トライアスロンから自転車を除いた版の「アクアスロン」の大会へ出た。完全なアマチュアの自分には本格的なプレーヤーばかり参加していたら怖いが、完泳・完走はできるはずという気持ちで、とにかく前夜は眠れなかった。普段行かない方面への遠出は億劫だったが、いざ家を出ると後は苦ではなかった。駅からの道は非常に単純で、歩道橋で線路の上を超えて、少年野球の開会式を横目に、すぐに目的の領域に出た。大会関係の標識はなかなか見当たらず、船着き場に出た時は不安を覚えた。芥川のトロッコを思い出しながら少し早歩きでゆくと案内書にあった形にブイが浮いており、遠くに小規模な人だかりが見えて安心した。緊張から便意がする気がしたが、運動をしていれば収まる水準であると感じた。それより周囲にトイレがある様子はない。

 なんとなく様子を見ていると、提出すべきと思われるアンケートがあったので、解答欄を埋めて受付と思われる列に並んだ。準備運動で海が解放されてもなお行列が解消されないのは、皆期限ぎりぎりに並んでいたり、ロングの部・リレーの部に参加する人が並んでいたりするからだけではなくて、手作業のゼッケン・参加賞受け渡しに手間がかかっていることがあるだろう。あんなもの、QRコードを配って、スマホで読み取ってなんとかならないのかと感じた(あとで考えてみるに、書き込み権限をあらかじめ設定済みのgoogleスプレッドシートでセル指定したリンクをコードにして、フリーのリーダーアプリがあれば、特別な投資がなくとも、スマホから記帳や配布物の確認ができる)。30分ほどして布バッグ、水泳帽、ICチップを受け取った。受付の人たちは何者だろうかと思ったが、帰るとき水をもらって少し喋った方々が地元の人のようだったので、イベントがあるたびにバイトを募集しているのかもしれない。

 宣誓書と一緒に出すアンケートは、健康状態について記載するもので、合計ポイントがいくつ以下ならとかそういった項目もなく、あくまで自己責任で体調は管理してくださいというアナウンスがあった。死人が出た時にこれらの書類は大事になってくる。荷物の預かりで現金以外のものは預かりますというのも、この種の予防線なのだろう。一人で来る身としては、案内書のこの記載の不親切がずっとひっかかった。死ぬ分にはいいが、金をとるか、最寄りの海の家や駅のロッカーの案内を出してくれれば満足したところだが。スピーカーのボリュームが足りず、進行のアナウンスは行き届いている様子がない。トランジション用のバスケットの受け取りがスタート直前になってからであったのも気になった。数が足りないなら、ショートの部参加者には先に配る工夫ができるはずである。

 着替えの場所がないので、片側が陰になっているところで着替えた。皆バスタオルをうまく使っている様子だったので、ウェットスーツとともに、今後は用意したい。

 市長のあいさつで、自身もスイマーであることや、海岸が整備されることに触れられた。数分たったところで隣の海男風のじいさんが空気抜きにウェットスーツをバチバチ叩いてうるさかった。市長のスピーチ中ずっとお喋りの絶えなかった地元の成人式を思い出した。

 スタート前に準備運動の時間があった。気温は海パンでちょうどよいくらいであるものの、海に入った人らは寒そうにしていた。自分は海に入らず、10数分、砂浜で海の様子を見てひたすら体操をした。周囲のほとんど全員がしっかりした準備体操をしていないのを見て驚いた。攣ったり痛めたりしないように準備体操は必要、と私は思う。体の頑丈さに自信のある者だけがトライアスロンに挑戦するだろうから、彼らはきっと過度な準備運動をするよりよい、と考えているのかもしれない。

 準備運動ののち、スタート直前に、自信のあるものは前に行け、競り合って衝突があるのは自己責任でという達しが出る。頭に血が上るといけないし、泳ぎ切るのが目的であるから、整列の後に最後尾に並ぶ。

 スタートは砂浜で、波打ち際まで数メートル走る。そのまま浅瀬は意外と10数メートルほとんどができて、少し遠くに見えていたオレンジのゲートブイの近くまで歩いた。曇り止めに赤ちゃん用のリンスを塗るとよいとどこかで読んだので、シャンプーを塗って軽く濯いで水分をとってきたが、最初のコーナーブイで曲がるころにはすでに曇った。ブイを曲がるのには内側が渋滞していて、立ち泳ぎもした。クロールが基本なので水中を見ると、真っ暗で周囲の人すら見えず、曇ったゴーグルでぶつからない・コースを外れないためにかなりの頻度で平泳ぎを混ぜざるをえなかった。足の着かないところを泳いでいることを何度も意識されて肝が冷えたが、それよりも泳いでいる途中で水温が大きく変わるのが頻繁であったのに消耗した。このことはほかの参加者も指摘していたようだった。

 海を500m泳いだのち、陸に上がる前にキックを大きめにして、足に血を送るという記事を読んでいたのを忘れて、足がふらついたままトランジションエリアまで行った。タオルを忘れていたので、サポーターの上から濡れたままいつものジョギング一式に着替えて5kmを走った。

 出発前後に、人のよさそうな短髪のじいさんに話しかけられた。楽しそうに走るな、と指摘されて、口角を上げてちゃんと肺に空気を送るんです、と応えたが、泳いでいる間も口角を上げていた。水中を眺めると真っ暗で足元の見えない恐怖を追い出して、肺に空気を送り続ける必要があったが、陸に上がってからは、水中に落ち込む恐怖もなく、いつも走っている距離をいつもの調子で走ればいい。運動している間、そのこと以外何も考えず、日ごろの苦しみから解放される。口角を上げる所作は、脳内のドーパミン生成にも大いに役立つ。口角の上げ下げに関係なく、そういう意味で水泳もランニングも楽しめる。