感想『開高健――目を見開け、耳を立てろ そして、もっと言葉に…』

 

 

  • 大学生のうちから子どもを育てた回想「ミルクに化けた奨学金」、ルポへ行った際に死線をくぐることもあった3回目の訪問、ついに離れることになる回想「さらばヴェトナム」などを収録したエッセイ集。本書は現代の作家・音楽家などのエッセイを集めたシリーズの3巻で、各巻その作者の人生観、人生の折節に思い感じたことを編者がまとめられている。
  • 開高健は経歴が特徴的。貧乏だが大学生で社会人と結婚してバイト三昧とか、サントリーで働いていて芥川賞をとるとか、スランプになって友人の元僧に勧められてルポへ行き、ベトナムでは機銃掃射にあって命からがら帰ったとか、世界を釣りして回り、本を何冊も出したとか。エッセイ集なのでまとまった感想にはならないが、率先して失敗をした先人であることをこの著者は自負していて、言う通り失敗に基づく人生訓がユーモアとともに披歴されている。
  • 文中、釣りを趣味から文筆業の飯のタネにしてしまったことを後悔している割には、水泳を背筋痛対策に始めた結果、バーへ行って酒を飲まなくなり、映画も見なくなった、生活を大きく変えたはずのその水泳については本書では1か所でのみしか触れられていなかった。全集を片端から読めば、もっと記述はあるかもしれないが、バック・ペイン発症が死の6年前だから、作品を左右するほど著者へ深い影響を及ぼさなかったのだろうし、プールで泳ぐだけの水泳と、自然の中での釣りでは観察によって得られる知識や時と場合による多様性、文学・随筆に資する者が全く違うだろうから、本当に書くことがなかったんじゃないかと思う。しかしとにかく、水泳をやっている間、釣りを感じていたほどには、これが欲しかったのだ、とは思っていなかっただろう。私は、開高の釣りのように、今ある趣味を困ったときの逃避先になるような没入ができるようになりたいと感じた。
  • 戦争は人が死ぬ以外、人にとってよいことだ、という記述がある。異国へ行く、強烈な連帯とコミュニケーションがある、そうした非日常の中で戦線を移動してゆくというのは、確かに誰しもの人生に大きな印象を残して、生活も人生も変えるだろう。開高が見聞きし考えたものは実際に何冊かの傑作に結実している。卑近な例を考えるに、先日のG20で日本中から大阪に集まった警察官が、地元の人や他県の警官と交流し、人員輸送車で封鎖した側道や要人の車やビルの上から車のない高速道を守った経験も、彼らには強い印象を残したに違いない。とはいえ、常人には戦地の植生、歴史、習慣などを正しく理解できず、現地でコミュニケーションをとることもままならなかっただろう。それゆえ戦争を経験した多くは当時の状況を多角的に回顧できなかったに違いない。
  • 三部作の最初は数か月カンヅメになって一気に書き上げたが、第三部はしばらくいて原稿用紙数十枚で止まった、という記述は、『輝ける闇』からのシリーズのことだろう。釣りをすると絶望がまぎれるが、自然の中では原稿用紙が全く進まなくなり、結局寂れた小さな家へ戻らないとならない、など、作品をつくりあげるのに苦心していた様子が何度も描写される。専業作家の生活は真似できない。
  • ノンフィクションの傑作としてアンネの日記、コンティキ号探検記、反乱するメキシコの3作を熟読玩味せよ、とあったので、頭の片隅に置いておく。芥川賞に加えてベトナムのルポでも受賞した人物が、事実を伝える文章の傑作として、長年の読書生活でたった3冊を挙げていると考えると、ぜひ図書館で時機を見て借りたい。1冊目は有名だが読み込んでない。
  • ベトナムに8年前に来た時と比べ、戦争の様子が信じられないほど落ち着いていて、誰もかれもが紙の花になってしまったという妄想を繰り広げる一節が、とても印象的。随筆に地続きで詩を混ぜ込んで成功するのは、日本語のエッセーによくあることなんだろうか?